生活
神戸の街のイメージといえば、旧居留地の街並みや、そこに並んでいるブランドショップに見られるようなおしゃれな街という感じではないだろうか。そういうイメージも良いのだが、港町神戸が海運業とともに時代を歩んできた名残りのあるところも、知っておい…
阪神間モダニズムとは明治後期から大正をへて昭和初期にかけて阪神間を中心とする地域において産まれた近代的な芸術・文化・生活様式のことです。 poko2023.hatenablog.com 今回は須磨離宮公園の西隣の西尾家住宅を訪ねました。 西尾家住宅の重厚な全景 芦屋…
江戸時代の垂水区にやってきました。 当時の垂水区には、10の村がありました。 https://geoshape.ex.nii.ac.jp/nrct/resource/29/290000034600.html より より詳しく、今の地図に落とし込んでみると このように、区割りできます。 中山村・奥畑村の点線は…
毎年 年末年始には、交通手段の運航がイレギュラーになるのでHPで運航を確認します。年中我々を輸送してくれる、乗り物やそれに携わる方々には感謝です。 神戸にもいろんな乗り物があります、電車、新幹線、船、飛行機。。。思い付く限り書き出してみました…
阪神間モダニズムとは、日本で明治後期から昭和初期にかけて「阪神間」(大阪市と神戸市の間)を中心とする地域において育まれた近代的な芸術・文化・生活様式のことです。 その名付け親は文化プロデューサの河内厚郎さんで、個人事務所を構え関西の文化醸成…
今回は須磨区にあった村と、神社仏閣の紹介です。 須磨区には、8つの村がありました。 白川村・車 村・妙法寺村・多井畑村 板宿村・大手村・東須磨村・西須磨村 の八村です。 そしてそれぞれの村に、神社仏閣が建てられており その数がこれまでのどの区より…
■表六甲ドライブウエイを走る 石屋川沿いに六甲山を目指して車を運転します。神戸大学教育学部の横を通過して鶴甲団地を通り抜け、六甲ケーブル下駅を眼下に見ながら進みます。裏六甲や三田方面に抜ける六甲山トンネルの方向に進み、トンネルの手前を左に外…
前回の 長田区の村へタイムスリップ!(その1)長田村と長田神社 - もっと KOBE ずっと KOBE 続きです。 駒ヶ林村は、長田区の南、海のそばにありました。 今の駒ヶ林町や二葉・久保・腕塚・大橋・若松・日吉町あたりです。 この村の名前の由来は、諸説あり…
2024年の5月に「レコード事情@KOBE」という記事を書いたところ、Google や Yahoo などの検索エンジンからコンスタントにアクセスがある。やっぱりレコードは人気・関心が高いのかと思い、続編を書いてみようと思った。前回は大手チェーン店ではない店を中心…
いよいよ棚製作の最終回です。 初回は製材屋さんから購入した原木を板に加工するところ、中盤では板材をハギ加工して幅広の板材を作るところを紹介しました。 poko2023.hatenablog.com poko2023.hatenablog.com 最終回では板材を組み立てて棚にする工程を紹…
「長田」という地名の由来は、弥生時代から農耕社会が発展していて神戸地域で最も広く長い田の広がる地域、という所からこの地名が起こったようです。 この地名は、日本書紀にも記されているので奈良時代以前にさかのぼる地名ということになります。(参照資…
前回の「六甲山材へのこだわり、【製作編前半】」では丸太を切断した木材から板材を切り出すところを紹介した。 poko2023.hatenablog.com 今回は【製作編中盤】としてハギ加工(板を幅方向に貼り合わせて大きな板にする)を中心に紹介する。実は【後半】のつ…
今回は、兵庫区をタイムスリップ! 元禄時代の、兵庫区あたりの古地図 コレクション詳細 - 神戸市立博物館 より ここに描かれている地図から、元禄時代の神社仏閣を拾い出してみました。 (字が読めなかったものは省略) 【神社】弁財天・八王子・天神・八幡…
海文堂書店の元店員だった平野義昌氏の書かれた「神戸元町ジャーナル 通り過ぎた人々、喪われた街」という本を買った。ビッグなサイズでボリュームもたっぷりある。まず海文堂書店の閉店の話から始まる。次に陳舜臣、司馬遼太郎、横溝正史らが神戸の街とどの…
この夏 急激な降雨のせいで、マンホールのふたが持ち上がって水が噴き出している映像をみた。だいたい鉄で出来たふたがそんなに簡単に持ち上がるものではないはず、想像を絶する水量がもたらす圧力だったのだろう。それ以来、マンホールのふたがとても気にな…
六甲山材にこだわって棚を製作する。その記録をブログにまとめようと思う。前半として、六甲山クリエイティブラボに於いて原木から板取りをして板材にする製材作業の様子を記録する。 六甲山クリエイティブラボ 六甲山材の原木手配については以前のブログを…
今回は、江戸時代の神戸市中央区にあった村の話です。 中央区には 生田村・小野新田・神戸村・中尾村・滝寺村・北野村・生田宮村・中宮村 二茶屋村・走水村(はしうどむら)・花隈村・宇治野村がありました。 神戸村 (290000034600) | 『日本歴史地名大系』…
六甲山材を使って棚を製作する計画があるので、六甲山材の情報を集めるために「こうべの木マルシェ」へ行ってきた。「こうべの木マルシェ」は昨年に続き2回目の開催で今年は7月25日・26日に神戸市森林公園内で開かれた。酷暑の最中だったが、海抜440メート…
神戸市内に江戸時代点在していた村の姿を、深堀りしてみたいと思います。 その前に江戸時代の神戸にあった村の様子を、序章として紹介しておきます。 村の人口は、江戸幕府が編纂した正保郷帳(1645年)・元禄郷帳(1702年)・天保郷帳(1834年)の記録から…
JR元町駅から鯉川筋に沿って山の方(北)に向かってずっと歩いていくと大きな東西の道路に出てきます。信号をコープに向かって渡りさらに北へ向かって坂道を歩いていくと今日のお話の舞台となる「神戸移住センター」の石垣が見えてきます。 鯉川筋に咲いてい…
最近、六甲山のカフェやホテルなどの施設が新しくなっている。気になって散策しながら調べてみた。背景には、神戸市が2019年3月に「六甲山グランドデザイン」を策定して、六甲山の活性化を進めてきているのが分かった。その中には規制緩和も含まれている。神…
前編の 江戸時代の神戸の産業・前編(農業・石の切り出し・水車業・菜種油製造) - もっと KOBE ずっと KOBE の後編です。 今回は、「素麺製造・酒造り・魚肥作り」の3つを紹介します。 素麺製造は案外④⑤の市街地・臨港地域で作られていたようです。 という…
神戸の街の真ん中にある生田神社は、約1800年以上の歴史を誇る日本有数の古社です。神戸では「生田さん」として親しまれています。 電車で西の方から三宮へ向かうと、電車越しに神社を見ることができます。ビルの谷間に鳥居や社殿がとても窮屈そうに見えます…
徳川幕府300年という、長く続いた太平の世の中で神戸に住んでいた人々は、どんな暮らしをしていたのかを調べてみました。 当時の神戸市は、摂津国莵原(うはら)群・有馬郡・八部(やたべ)郡・播磨国明石郡・美嚢(みのう)郡という5つの群にまたがって…
まち開き(1988年)をして37年になる六甲アイランドを散策しました。 六甲アイランド中心部イラスト(神戸べシェラトンホテル提供) ■六甲アイランドの歴史 三宮沖のポートアイランドの造成に次いで、六甲アイランド造成は、1972年〜1992年(昭和47年~平成4…
いよいよ江戸時代に入ってまいりました! 江戸時代も神戸の町は、「兵庫の津 」と「西国街道」でとても繁栄していました。 1619年(元和5年)と言いますから、江戸時代初期のころに菱垣廻船が始まり、大阪・兵庫・江戸を行き来する航路が出来ました。 出典:…
2006年に開港した神戸空港が、この4月18日に国際チャーター便が就航することになり、それにあわせて第2ターミナルがオープンしたので、ちょっとのぞきに行ってみた。この 2025年に国際空港になったということになる。 そもそも神戸空港は、ポートアイランド…
六甲山材とは六甲山に繁茂する木や公園、街路樹を伐採した木材です。10年程前からその利用が少しずつ広がっています。神戸市公園緑化協会では「六甲山のみどりを未来の子供たちに継承するための活動」として森林整備と木材活用を推進しています。 六甲山のも…
鎌倉時代の神戸の庶民の暮らしは 平安時代から引き続いて「荘園」制度の下で暮らしていました。 この「荘園」とは、奈良時代半ばから新たに開墾した土地の私有が認められ、貴族や寺院・有力な豪族が私有地を拡大し、国から領有支配が認めらえ収入を得た私的…
永年 神戸にくらしていると特に変わったように思わない事が、他の地域から来た人には「ええっ!」って感じる事があります。 神戸のちょっと変わった笑笑(わらわら)するお話を紹介します。 人工衛星饅頭 なんだこりゃ! 新開地の大きな交差点の北西の角の2…