今回は、兵庫区 をタイムスリップ!
元禄時代 の、兵庫区 あたりの古地図
コレクション詳細 - 神戸市立博物館 より
ここに描かれている地図から、元禄時代 の神社仏閣を拾い出してみました。
(字が読めなかったものは省略)
【神社】弁財天・八王子 ・天神・八幡・七宮大明神・えびす
【寺】西光寺・恵林寺 ・福厳寺・久遠寺 ・阿弥陀寺 ・真光寺・長楽寺 ・真福寺 ・能福寺 ・漢福寺 ・薬仙寺
そして今尚残っている神社仏閣は、驚いたことに「八王子・長楽寺・漢福寺」の三つ以外は全て、現存していました!
【神社】 弁財天 ➡ 現・真光寺(兵庫区 松原通 1ー1ー62)
天神 ➡ 現・柳原天神社(兵庫区 東柳原町1ー12)
八幡神社 ➡ 現・湊八幡神社 (兵庫区 兵庫町1ー4ー37・旧湊町1丁目)
七宮大明神 ➡ 現・七宮神社(兵庫区 七宮町2ー3-21)
えびす ➡ 現・柳原蛭子神社 (兵庫区 西柳原町5ー20)
【寺】
西光寺(兵庫区 湊川 町9ー2ー16)/ 恵林寺 (兵庫区 兵庫町2ー2ー1)
福厳寺(兵庫区 門口町3ー4)/ 久遠寺 (兵庫区 門口町4ー5)
阿弥陀寺 (兵庫区 中之島 2丁目)/ 真光寺(兵庫区 松原通 1ー1ー62)
真福寺 (兵庫区 下沢通1ー2ー2)/ 能福寺 (兵庫区 北逆瀬川 町1ー39)
薬仙寺(兵庫区 今出在家町4丁目)
さすが、港で栄えた町だけに神社仏閣を手厚く祀る信仰心は揺るがず、現代まで存続していますね。
さてこの兵庫区 には、遠く奈良時代 に開かれた「大輪田 の泊」後に平清盛 が改良を加えた「兵庫の津」があります。
この「兵庫津」は、江戸時代には西国各地から大坂入りの船舶の寄港地としてにぎわっていました。山陽道 もこの地へ迂回して通り、海運と陸運の結節点ともなっていた。1826年この地を訪れたシーボルト は兵庫の町について「16の町があり1万6千人が住み、そばに港があって活気がある」と述べています。港の様子は「港内には絶えず非常に多くの大小の船舶が停泊し、郊外には数え切れないほどの船が大阪に向かっていくのが見える」「世界中を探しても、ここほど船舶が往来している水域はない」との感想を残しています。当時の外国の人の眼にも非常に繁栄した港町だったことが分かります。*1)
兵庫津の前身、大輪田泊 で平清盛 が経ヶ島を築いたとき、安芸の宮島 の厳島神社 を勧進 していて宮島にある七つの海岸に因んで、この兵庫の地に七つの弁財天を祀りました。それが「清盛七辨天」です。
☆弁財天とは
財運・芸術・学問・恋愛成就など、様々な面で人々を支える女神のこと。
その【清盛七辨天】 を巡ってみました。
① 安全辨天 = 和田神社 (兵庫区 和田宮通3ー2ー45)
最初に訪れた、和田神社に度肝を抜かれてしまいました💦
この神社を訪れたのは初めてですが、この和田岬 という場所には子どもの頃からよく通っていた場所でした。その当時のこの辺りは、ゴチャッとした工場地帯といった感覚しかなく、歴史など全く興味のない子どもだったので仕方がないのですが・・・
こんなに大きく広々とした開放感のある、立派な神社があるとは全く知りませんでした。私の心を大きくつかんだ神社となりました。
御朱印 を頂いてきました。
② 音楽辨天 = 真光寺(兵庫区 松原通 1ー1ー62)
琵琶を弾く姿から、音楽・芸能・弁舌・学問、豊穣や財宝をもたらす弁財天です。
③ 勉強辨天 = 済鱗寺(兵庫区 兵庫町2ー1ー38)
なるほど!瞼のない魚にあやかって、寝ないで勉強で勉強辨天!(笑)
④ 運動辨天 = 恵林寺 (兵庫区 兵庫町2ー2ー1)
運動辨天、別名「波除辨天」とも言われ、特にスポーツの成功や上達を願ってお参りする人が多いようです。「波に乗れるように…」の願いも込められているようです。
⑤ お洒落辨天 = 兵庫厳島神社 (兵庫区 永沢町4ー4ー21)
この神社は、毎年2月8日に針供養をしていることから、裁縫上手 =お洒落につながり、お洒落辨天と呼ばれるようになったのかな?
https://youtu.be/j1-ovTa0QtQ?si=mwic_f88_NL6Yk5N より
⑥ 健康辨天 = 花隈厳島神社 (中央区 花隈町6ー5)
ここだけ、兵庫区 から外れ中央区 ですが清盛七辨天に含まれるので、参加させました。
鳥居の額に「神戸最初初船場 鎮座」と書かれている所から、屈強な海の男たちにあやかって、健康になれるよう祈るそうです。
⑦ 恋愛辨天 = 氷室神社(兵庫区 氷室町2ー15ー1)
1800年の歴史のある氷室神社は、市杵島姫命 という恋愛辯天を祀っています。清盛七辨天を巡った中で、ここほど弁天様をイチ押しで祀っているいるところはありませんでした。ご利益がありそう・・・💛
目立たない、山奥へ行くかのような細い道の先にあります。境内には、弁天様へ恋愛成就のお手紙を書く用紙が用意されていました。
七辨天なので、ここで終わりのはずですが、清盛七辨天巡りには、下記の二か所が加えられ9つとなっています。
松王丸君 = 来迎寺(兵庫区 島上町2ー1-3)
すぐ前が、兵庫の津という立地条件! 築島建築を語る時、涙失くしては語れない松王丸の話。ここに手厚く祀られ、約850年経った今尚手を合わせに来る人がいます。
清盛君 = 能福寺 (兵庫区 北逆瀬川 町1ー39)
平相国廟(平清盛 廟)
能福寺 には、平清盛 の墓所 として平相国廟が作られたといわれています。平相国とは、平清盛 の位号 で太政大臣 の別称のことで、清盛に与えられた敬称です。
次に 【兵庫七福神 】も巡ります。
古くから兵庫の津という港で栄えた兵庫区 ですが、西国街道 の要でもあり、陸路や海路を通じてたくさんの神様が集合したといわれています。
昔から兵庫七福神 巡りは、人々の間で受け継がれ今も福運とご利益を願ってお参りする人が絶えません。
① 弁財天 = 和田神社 (兵庫区 和田宮通3ー2ー45)
インドの「サラスヴァテイ」という水と知恵、学問・音楽の女神で、日本に伝わってからは、知恵や財運・恋愛成就の女神として祀られている。
② 寿老人 = 薬仙寺(兵庫区 今出在家町4丁目)
長寿を授ける神様。
その姿から、知恵授け・延命長寿・身体健全・富財・福徳円満・家庭円満・厄払いといったご利益がある。
③ 福禄寿 = 真光寺(兵庫区 松原通 1ー1ー62)
長寿と人望のご利益がある神さま。「福」幸運・「禄」高給・「寿」長寿につながるといわれている。
真光寺には、福禄寿の像がご本尊と並んで祀られていました。
④ 毘沙門天 = 能福寺 (兵庫区 北逆瀬川 町1ー39)
能福寺 といえば、兵庫の大仏さんで有名なお寺です。
そこに、毘沙門天 が祀られています。どうやら、ココの毘沙門天 さまは秘仏 だそうでお目に掛れません。ただこの秘仏 の作者は、高村光雲 だそうですよ。
お目に掛りたかった。残念!
別名「多聞天 」といい、全てのことを一切聞き漏らさない知恵もので、勝運の神さま・仏法を守護し道徳を授ける神様として信仰されている。
⑤ 布 袋 = 柳原天神社(兵庫区 東柳原町1ー12)
写真の布袋様は、後列右から二人目に立っておられます (^^)
布袋さまは、度量の広さや心の大きい神様で、財運・夫婦円満 ・子宝・無病息災・商売繁盛・開運・良縁などのご利益があるとされています。
⑥ 蛭 子 = 蛭子神社 (兵庫区 西柳原町5ー20)
地元では、「柳原のえべっさん 」と呼ばれ親しまれています。
蛭子とは、 恵比寿様のこと。
釣り竿と鯛を抱えている姿から、豊漁と航海安全の神さまとして祀られています。また、船の出入りでみなとは商売繁盛するので、商売繁盛の神様としても知られています。
⑦ 大黒天 = 福海寺 (兵庫区 西柳原町10ー10)
本堂に祀られている大黒天が、真っ黒でその表情は憤怒!
私の中の大黒様は、「大きな袋を肩にかけ、大黒様が来かかると~」の童謡にある、ふっくらとして優しげな出で立ちなのが、真逆の姿にビックリ! インド発祥の大黒様は、元々は青黒い身体で憤怒相をした怖い神様だったそうです。なので、祀られているお姿が正しいのです。でも、本堂の外には丸みを帯びた愛らしい大黒様もいて、心が和みました。
俵に乗っていることから、「ご飯を備えてお参りすると、一生食べることには困らない」といわれ、食堂や台所に祀られることが多いです。
これで、私の「清盛七辨天巡り」と「兵庫七福神 巡り」は終わります。
回ってみて感じたのは、大切に密やかに祀られている弁天様や七福神 があったり、大っぴらに、堂々と正面を切って祀られている弁天様や七福神 がいたりして、その差はどこから来るのかが疑問に残りました。
また、機会があれば調べてみたいと思います。
皆さんも一度、清盛七辨天・兵庫七福神 巡りをしませんか?
車で、ルートを上手に選べば半日ほどで回り切れます。
私は、和田神社からスタートしました。
https://www.hyogo-ebisu.com/syokai/shichifuku.php
それにしても、兵庫区 というのは今とは違って、平安時代 以前から港で栄えた一大都市だったので、神社仏閣も町の繁栄と同じく、人々の信仰のよりどころとして大切に扱われ、現代にまで引き継がれている様子に感動を覚えました。
いいね。やっぱり神戸が好き。
もっと KOBE ずっと KOBE
ではまた次回をお楽しみに♥
*1) 引用 ひょうご歴史の道 〜江戸時代の旅と名所〜