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神戸の人、自然、景観、ファッション、食べ物、文化、便利さ、生活、全部好き!

2025-01-01から1年間の記事一覧

須磨区の村へタイムスリップ!村の鎮守さま巡り

今回は須磨区にあった村と、神社仏閣の紹介です。 須磨区には、8つの村がありました。 白川村・車 村・妙法寺村・多井畑村 板宿村・大手村・東須磨村・西須磨村 の八村です。 そしてそれぞれの村に、神社仏閣が建てられており その数がこれまでのどの区より…

異国の地に眠る外国人に捧ぐ

今回は、外国人居留地とともに深い関係がある外国人墓地を紹介しようと思う。現在、神戸の外国人墓地は再度(ふたたび)公園の中にある。トアロードから再度山ドライブウェイを登って、再度公園と外国人墓地を目指します。曲がりくねっていて、急勾配のとこ…

クリスマスを届けてくれた 毛利マーク

街がイルミネーションに包まれ、心がちょっと浮き立つこの時期。 兄弟でオーナメントをつるして、モールをかけて、1番最後にてっぺんの星を飾るのは、背の高い父の役目。クリスマスツリーを飾るのが楽しくて、楽しく仕方なかった子供の頃を思い出します。 そ…

身近に紅葉を楽しめる六甲山

■表六甲ドライブウエイを走る 石屋川沿いに六甲山を目指して車を運転します。神戸大学教育学部の横を通過して鶴甲団地を通り抜け、六甲ケーブル下駅を眼下に見ながら進みます。裏六甲や三田方面に抜ける六甲山トンネルの方向に進み、トンネルの手前を左に外…

長田区の村へタイムスリップ!(その2)駒ヶ林村と駒林神社・いかなごのくぎ煮発祥の地!

前回の 長田区の村へタイムスリップ!(その1)長田村と長田神社 - もっと KOBE ずっと KOBE 続きです。 駒ヶ林村は、長田区の南、海のそばにありました。 今の駒ヶ林町や二葉・久保・腕塚・大橋・若松・日吉町あたりです。 この村の名前の由来は、諸説あり…

続・レコード事情@KOBE

2024年の5月に「レコード事情@KOBE」という記事を書いたところ、Google や Yahoo などの検索エンジンからコンスタントにアクセスがある。やっぱりレコードは人気・関心が高いのかと思い、続編を書いてみようと思った。前回は大手チェーン店ではない店を中心…

クリスマスを待ちながら楽しむ シュトーレン!2025年

日本のクリスマスの定番になっているドイツの伝統菓子のシュトーレン。まだ11月中旬ですが、もう販売が始まっていたり、注文が締め切られているお店もあります。いつの間にやら、大人気になったシュトーレンにはクリスマスケーキのような華やかではないけれ…

六甲山材へのこだわり、棚の製作【最終回】

いよいよ棚製作の最終回です。 初回は製材屋さんから購入した原木を板に加工するところ、中盤では板材をハギ加工して幅広の板材を作るところを紹介しました。 poko2023.hatenablog.com poko2023.hatenablog.com 最終回では板材を組み立てて棚にする工程を紹…

長田区の村へタイムスリップ!(その1)長田村と長田神社

「長田」という地名の由来は、弥生時代から農耕社会が発展していて神戸地域で最も広く長い田の広がる地域、という所からこの地名が起こったようです。 この地名は、日本書紀にも記されているので奈良時代以前にさかのぼる地名ということになります。(参照資…

「街」と「人」と「音楽」と

10/12 (日) 神戸では、いくつもの音楽イベントが催された。神戸ジャスストリート、神戸元町ミュージックウィーク、宇治川音楽祭。街中を歩いていると、どこからともなく音楽が聞こえてくる。街全体が音楽で溢れていることはいいことだ。順番に歩き回って、見…

北野さんぽ 美術館のようなシュウエケ邸

三宮の山手、北野町のすぐ南に異人館通りと呼ばれる東西の通りがある。その通りに仲良く並ぶ、2件の異人館。 左が「旧門兆鴻邸(きゅうもんちょうこうてい)」で左が「シュウエケ邸」、ともに設計者はアレクサンダー ネルソン ハンセル(Alexander Nelson Hans…

六甲山材へのこだわり、棚の製作2【製作編中盤】

前回の「六甲山材へのこだわり、【製作編前半】」では丸太を切断した木材から板材を切り出すところを紹介した。 poko2023.hatenablog.com 今回は【製作編中盤】としてハギ加工(板を幅方向に貼り合わせて大きな板にする)を中心に紹介する。実は【後半】のつ…

兵庫区の神社仏閣に感動!清盛七辨天と兵庫七福神

今回は、兵庫区をタイムスリップ! 元禄時代の、兵庫区あたりの古地図 コレクション詳細 - 神戸市立博物館 より ここに描かれている地図から、元禄時代の神社仏閣を拾い出してみました。 (字が読めなかったものは省略) 【神社】弁財天・八王子・天神・八幡…

続・Books事情@KOBE

海文堂書店の元店員だった平野義昌氏の書かれた「神戸元町ジャーナル 通り過ぎた人々、喪われた街」という本を買った。ビッグなサイズでボリュームもたっぷりある。まず海文堂書店の閉店の話から始まる。次に陳舜臣、司馬遼太郎、横溝正史らが神戸の街とどの…

街を歩けば、穴がいっぱいマンホール

この夏 急激な降雨のせいで、マンホールのふたが持ち上がって水が噴き出している映像をみた。だいたい鉄で出来たふたがそんなに簡単に持ち上がるものではないはず、想像を絶する水量がもたらす圧力だったのだろう。それ以来、マンホールのふたがとても気にな…

六甲山材へのこだわり、棚の製作【製作編前半】

六甲山材にこだわって棚を製作する。その記録をブログにまとめようと思う。前半として、六甲山クリエイティブラボに於いて原木から板取りをして板材にする製材作業の様子を記録する。 六甲山クリエイティブラボ 六甲山材の原木手配については以前のブログを…

神戸市中央区・江戸時代の神社と村の物語り ☆ 神戸(かんべ)村・二茶屋村・走水(はしうど)村・北野村

今回は、江戸時代の神戸市中央区にあった村の話です。 中央区には 生田村・小野新田・神戸村・中尾村・滝寺村・北野村・生田宮村・中宮村 二茶屋村・走水村(はしうどむら)・花隈村・宇治野村がありました。 神戸村 (290000034600) | 『日本歴史地名大系』…

猛暑八月の空に平和を想う

毎年 8月になると広島と長崎への原爆投下の話や、沖縄の本土決戦の話がメディアで取り上げられる。第二次世界大戦末期の悲惨な映像を交えた特別番組を多く目にする。広島や長崎では、高校生ら若い世代の人たちが語り部を担って、戦争の悲惨さと反戦を伝えて…

小高い丘のレストランと「女のいる風景」

神戸の兵庫区の会下山(えげやま)の住宅街に神戸空襲や阪神大震災を乗り越えて建つ昭和初期の邸宅がある。現在は「la mura(ラ・ムーラ)神戸会下山」として、2023年から訪問者を美味しい食事とお酒と心地よいもてなしで迎えてくれる。 最寄りの神戸市営地下…

六甲山材へのこだわり、棚の製作【準備編】

六甲山材を使って棚を製作する計画があるので、六甲山材の情報を集めるために「こうべの木マルシェ」へ行ってきた。「こうべの木マルシェ」は昨年に続き2回目の開催で今年は7月25日・26日に神戸市森林公園内で開かれた。酷暑の最中だったが、海抜440メート…

江戸時代の神戸・東灘区と灘区の村民の暮らしと神社

神戸市内に江戸時代点在していた村の姿を、深堀りしてみたいと思います。 その前に江戸時代の神戸にあった村の様子を、序章として紹介しておきます。 村の人口は、江戸幕府が編纂した正保郷帳(1645年)・元禄郷帳(1702年)・天保郷帳(1834年)の記録から…

都市行政のお手本だった「居留地会議」

外国人居留地の境界だった河川について数回記事にしてきたが、外国人居留地そのものについては、あまり触れてなかったので、今回は外国人居留地そのものを都市行政の視点から書いてみようと思う。 神戸の外国人居留地は 1872年にイギリス人土木技師の J.W.ハ…

ブラジルへの希望と不安を胸に---神戸移住センター

JR元町駅から鯉川筋に沿って山の方(北)に向かってずっと歩いていくと大きな東西の道路に出てきます。信号をコープに向かって渡りさらに北へ向かって坂道を歩いていくと今日のお話の舞台となる「神戸移住センター」の石垣が見えてきます。 鯉川筋に咲いてい…

新しく動き出した六甲山

最近、六甲山のカフェやホテルなどの施設が新しくなっている。気になって散策しながら調べてみた。背景には、神戸市が2019年3月に「六甲山グランドデザイン」を策定して、六甲山の活性化を進めてきているのが分かった。その中には規制緩和も含まれている。神…

江戸時代の神戸の産業・後編(素麺製造・酒造り・魚肥作り)

前編の 江戸時代の神戸の産業・前編(農業・石の切り出し・水車業・菜種油製造) - もっと KOBE ずっと KOBE の後編です。 今回は、「素麺製造・酒造り・魚肥作り」の3つを紹介します。 素麺製造は案外④⑤の市街地・臨港地域で作られていたようです。 という…

ゆく河の流れは、、、やっぱり境界か

兵庫(実は神戸)を開港したときに定められた外国人居留地があまりに狭いということで、居留地西側境界の鯉川から宇治川までを雑居地として、外国人が住んでもよいということになった。この雑居地において、神戸特有の「異文化との交流」の風土が育まれたこと…

お参りだけじゃない、生田さん

神戸の街の真ん中にある生田神社は、約1800年以上の歴史を誇る日本有数の古社です。神戸では「生田さん」として親しまれています。 電車で西の方から三宮へ向かうと、電車越しに神社を見ることができます。ビルの谷間に鳥居や社殿がとても窮屈そうに見えます…

250年前の水車産業革命の跡

前回の中の灘目の水車について書きます。記事にあるように「灘目」とは西宮から神戸にかけて(東は武庫川から西は旧生田川)の旧郷名で1764年ごろから使われていたようです。(灘五郷酒造組合HP) poko2023.hatenablog.com 令和3年に「神戸歴史遺産」制度の…

江戸時代の神戸の産業・前編(農業・石の切り出し・水車業・菜種油製造)

徳川幕府300年という、長く続いた太平の世の中で神戸に住んでいた人々は、どんな暮らしをしていたのかを調べてみました。 当時の神戸市は、摂津国莵原(うはら)群・有馬郡・八部(やたべ)郡・播磨国明石郡・美嚢(みのう)郡という5つの群にまたがって…

行く河の流れは、、、どこ?

以前に生田川の付け替えの話を書いた。外国人居留地の東の境界であった旧生田川のたび重なる氾濫に、居留地に住む外国人から堤防の改修をしつこく要求され、改修工事より付け替え工事に踏み切ったという話。氾濫する天井川が付け替えられて、東の境界はひと…