最近、六甲山のカフェやホテルなどの施設が新しくなっている。気になって散策しながら調べてみた。背景には、神戸市が2019年3月に「六甲山グランドデザイン」を策定して、六甲山の活性化を進めてきているのが分かった。その中には規制緩和も含まれている。神戸市がんばれ!
参考:「六甲山のおすすめ Regulation Guide」
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/9699/rokkosannosusume.pdf
■六甲山開発の歴史
1895年(明治28年)3月、A.H.グルーム(グラバー商会の出張員)が長男名義で六甲山上の都賀野村外3ヶ村の所有地を納涼遊園場敷地として賃貸する契約を結んだ。6月に三国池池畔に山荘を建てる。1910年(明治43年)の朝日新聞によると日本人12戸、イギリス人28戸、フランス人2戸、ドイツ人9戸、アメリカ人4戸、ベルギー人1戸の計56軒の山荘があったようだ。
グルームは私費を投じて植林や登山道を整備した。グルームは六甲山村長と言われて1912年(明治45年)に「六甲開祖乃碑」が建造されたが、第2次世界大戦中に破壊され、1955(昭和30年)に再建されている。「六甲山の碑」としてグルームの胸像と三国池池畔の山荘の跡に残っている「101標石」の複製が一緒に六甲山ビジターセンターの記念碑台に設置されている。毎年夏山の安全を願う「グルーム祭」が行われる。


1901年(明治34年)には4ホールのゴルフ場開拓、1903年(明治36年)に9ホールに拡張整備、日本最初の公式ゴルフ場に認定された。
六甲山への交通手段は駕籠か馬で、駕籠は五毛と住吉駅から、阪神電車が開通してから新在家駅、大石駅から駕籠と馬、1920年(大正9年)に阪急電車が開通してからは六甲駅で週末になると幾十の駕籠が客待ちをしていたようだ。駕籠と馬の利用は昭和初期まで続いた。
1928年(昭和3年)裏六甲ドライブウェイ、翌年には表六甲ドライブウェイが開通してバス運行が始まった。道路網の整備と共に諏訪山公園、鵯越遊園地、再度公園と公園計画が進められて、かつて生活資材を調達する場であった六甲山は観光レクリエーションの対象に変わっていった。
気になるいくつかの施設を訪ねてみた。
■ 653カフェ
コンサルティング企業アマデラスグループの社会貢献として「六甲山をもっと素敵に」をモットーに、個人の豪壮な別荘だった場所を解放。一角にカフェを設けて、テラス席、芝生広場、ヒマラヤスギにかかったブランコ、天空台「Stairway to Heaven」など、子供連れの家族や愛犬を連れてのんびりと過ごせる場所だ。

■ 百合珈琲六甲山
2025年4月にオープン。1935年に別荘「紫映荘」として建築された建物をリフォームしたカフェ。「太陽鉱工六甲山荘」として愛されてきた建造物を、古き良き時代の風情を残しつつ、新しい場として再生させた。解体も検討していたなか、神戸市の六甲山活性化推進施策を知り、可能な限り昭和の建築様式や家具、灯具を残しつつ、店舗として活用できるように再生したそうだ。ランチが充実して凄い人気。11時30分に訪ねたが既に満席で、皆さんゆっくりと会話を楽しみながら食事をしているので諦めた。


■ 六甲山サイレントリゾート(旧六甲山ホテル)
1929年宝塚ホテルの分館として六甲山ホテルが誕生。2009年国近代化産業遺産に認定。2017年12月に営業終了。2019年7月六甲山サレンスリゾートとして生まれ変わった。八光カーグループ代表取締役池田淳八氏は「阪神モダニズム」の文化や歴史が失われつつある光景は実に耐え難いと感じていた。閉ざされて久しい建物の前を通るたびに朽ちていく歴史的な建物を目にして日々悲しい思いであったそうだ。「解体して新設する方が経済的」という意見が大半の中で、イタリア出身のミケーレ・デ・ルッキ氏が「素晴らしい文化遺産なのでぜひ修復して次の世代に遺しましょう」と言われ、阪急阪神ホテルズから譲り受けて修復を開始した。デ・ルッキ氏はポストモダンの代表的作家で「木を使わせたら世界一」「環境を保護して共存する建築家」と言われている。
1階のギャラリーやショップにはオリジナル商品が並べられ、暖炉の前にはソファーが置かれて誰でもくつろぐことができる。2Fはカフェで軽食を楽しむことができる。窓からの自然の風が気持ち良く、手の込んだ美味しいランチを頂き、至福の時を過ごすことが出来た。







■ 六甲山クリエイティブラボ
神戸芸術工科大学の曽和教授の下で六甲山の木材利用研究を進めている野口さんが責任者を務める木工工房。2025年5月にオープンし数台の木工加工機械を設置して一般の人も利用できる。別棟の1Fにはギャラリーがり、卒業生の作品が並べられている。 野口さんより
「六甲山には杉や桧の他にも多様な広葉樹があり、椿や百日紅など珍しい木材が出れば集めている。今、六甲山材のカタログを製作中で近々完成する」
と語ってくれた。これからの活躍を期待する。







■ ヴォーリズ六甲山荘
1934年(昭和9年)に関西学院教授小寺敬一氏の夏の別荘としてヴォーリズの設計で建てられた。今は国登録有形文化財に指定されている。ヴォーリズは関西学院、神戸女学院、旧神戸ユニオン教会、旧居留地38番館など関西に多数の歴史的建造物を残している。残念ながら建物見学はお休みで叶わなかった。





ヴォーリズ六甲山荘の詳細は下記のnoteの記事が参考になる。
気になるスポットはまだまだある。六甲神戸迎賓館、サードプレイスカフェ 、ROKKO NOMAD、六甲山Renest、ネイチャーライブ六甲。。。新しい体験を本ブログで書いていこうと思う。
六甲山開発は外国人居留者の山荘から始まり、徐々に観光レクリエーションの場になっていった。その後、戦争での施設の休止や自然災害での道路網の寸断などがあったが、それを乗り越えて復興していった。時代の進展により開発から自然保護の機運高まり、またレジャーの多様化や企業の保養所の閉鎖、建物の老朽化も伴いホテルの閉鎖が続いた。そして今、身近な自然の中でのライフスタイルが見直される中で、行政もそれに呼応して公園内の規制緩和が行われて、再び六甲山活用が前進を始めたように感じる。
いいね。やっぱり神戸が好き。
もっとKOBE ずっとKOBE
ではまた次回をお楽しみに♠️