いよいよ江戸時代に入ってまいりました!
江戸時代も神戸の町は、「兵庫の津 」と「西国街道」でとても繁栄していました。
1619年(元和5年)と言いますから、江戸時代初期のころに菱垣廻船が始まり、大阪・兵庫・江戸を行き来する航路が出来ました。

出典:https://www.city.kobe.lg.jp/documents/60534/tokusyunadanosyuzogyo.pdf P13より
主に、菱垣廻船は江戸に日用品を運ぶのに使われていました。
この菱垣廻船で運ばれたものの中に「江戸積みの酒」がありました。
徳川家康が江戸幕府を開いてから、江戸の町の人口は膨大となり彼らの生活を賄うためには。大量の生活物資が必要でした。その中に神戸で作られた「灘の酒」も含まれていました。
元禄時代には、下記の表のように神戸では大量のお酒が造られていました。


出典:https://www.city.kobe.lg.jp/documents/60534/tokusyu-nadanosyuzogyo.pdf P6より
神戸以外のところもありますが、シッカリとお酒の管理がされていますね。
というのも、お酒は米が原料なので幕府や領主により厳重に統制されていたのです。
不作の年は、「減醸令」のお触れが出されて酒造りに使用する米に制限がかけられました。(今の誰かさんに聞かせてやりたいね)
ところが、1754年(宝暦4年)に「勝手造り」の令が出されて、新規営業者・休業者も届け出さえすれば酒造業を営むことが出来るようになるのです。
そこから、江戸積み酒造業に含まれていなかった「灘・今津」の酒造家が台頭して、1754年(享保9年)の江戸下り酒問屋の調査に、灘・今津の名が江戸積み酒造地として挙げられています。
下のリストは、その享保9年の下り酒の産地と酒造家数です。
色付けした所が神戸の地で、総勢65件の酒造家が居たことが分かります。

出典・引用:https://www.city.kobe.lg.jp/documents/60534/tokusyu-nadanosyuzogyo.pdf P10より
宝暦の頃は上記の地域はひっくるめて「灘何村(なだむら)」と呼ばれていたのが、明和になると「上灘目」「下灘目」と呼ばれ、さらに安永5年(1776年)には、「上灘江戸積酒家中」「下灘江戸積酒家中」という名称が「灘酒経済資料集成」で見られるようになり、当時の神戸における江戸積み酒造業の発展が伺えます。
このころには酒を専門に運ぶ樽廻船が作られ、兵庫の津からも江戸を目指して出航していたようです。
兵庫の津は江戸時代に入っても、神戸の地に経済の発展をもたらしていたのが分かりますね。
また、江戸時代の西国街道は
西国の大名たちの参勤交代の通り道となっておりました。
当時の西国大名で有名な所は、毛利(今の山口県東部と西部)・島津(今の鹿児島県と宮崎県南西部)・大友(今の大分県と福岡県南西部)・細川(今の熊本県と福岡県の一部)・尼子(今の島根県西部と岡山県西部)・大内(今の山口県防府市・山口市と福岡市、広島県の一部)などが挙げられます。そのような大名たちが、今も残る神戸市内の西国街道を大名行列で練り歩いていたと思うと妄想が止まりません(笑)
想像してみてください!
今も残る西国街道を1,2kmにわたって、元町商店街があります。
あの商店街の道筋を、西国大名のお歴々が行列をなして通っていたところを想うと土下座してしまいそう… (=^・^=)
そして、大名行列につきものの本陣!は、兵庫の津にある本宿でした。
柳原惣門を入って神明町に来ると、西側に井筒屋(衣笠)又兵衛の本陣があり、本陣に南接して明石家宗兵衛・小道を隔てて西側の小広町に豊島屋宗兵衛・同町の東側に桝屋長兵衛(または長左衛門)・その南隣に三木屋作右衛門の4件の脇本陣があった。

引用 : 摂州八部郡兵庫津宿之図(写)|神戸市立中央図書館 貴重資料デジタルアーカイブズ
絵の文字が薄くて、黄色矢印の先の建物が旅籠屋と読めます。
おそらくこの辺りに本陣があったのではないかと推理して、今の地図と照らし合わせてみました。

赤の実線が西国街道!
白抜き赤点線囲みの区域が、神明町です。
そこに、井筒屋(衣笠)又兵衛の本陣があって、その本陣の間取り図を重ねてみれば…

今、小広町という地名が見当たらなくて分からないのですが、脇本陣がある所なのでおそらくこの近くに、大きな宿泊施設があったことが推察されます。
こうしてみると、江戸時代
兵庫の津と西国街道は、参勤交代のたびに多くの人の流れがあり、そこに食べ物やもてなしの数々の物流があって、灘の酒もあり、本当に賑やかで反映していたことが伝わってきます。
今夜は、灘の生一本を飲みながら「下にぃ~、下に!」の大名行列を妄想しながら江戸時代の神戸の妄想を楽しむとしようかな?
いいね。やっぱり神戸が好き。
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ではまた次回をお楽しみに♥
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