平清盛亡き後、源平の合戦(1180~1185)では、生田の森と須磨・一の谷の戦で神戸の地も荒れ果ててしまいました。
特に、あれだけ平清盛が力を入れて作り直した大輪田の泊の荒れ方は、酷かったようです。
時を同じく、奈良の東大寺は1180年の平氏による「南都焼き討ち」で、大仏殿や奈良の大仏が焼けたりして甚大な被害を受けておりました。

画像は下記よりお借りしました。
大仏さんの頭や手が燃え落ちたようです。
当然、大仏殿も焼失!
えっ、奈良の大仏と神戸に何の関りが?と思われるでしょうが、それが大ありなのです!
その当時、東大寺の僧「重源(ちょうげん)」というお坊さんが大破した東大寺を再建する活動を始めました。

東大寺の再建には、備前国から大量のコメや瓦・周防国から大量の木材が必要でした。
その中継地点として重要だったのが、大輪田の泊!
ですが、中継地点として利用に耐えられる状態ではありません。
そこで、重源は鎌倉幕府初代将軍・源頼朝に掛け合い、大輪田の泊の修築費用援助の申請を1196年4月28日に出し、6月3日に認められ摂津国司に対して援助するように!との命「太政官符」を発令してもらって、大輪田の泊の修築が始まり完成します。
ただ、修築費用の全額を摂津国に出してもらえるはずもなく(いきなり、援助命令を出された摂津国司も迷惑なことだったでしょう)、重源は考えます。
1)山陽道・南海道・西海道を通って大輪田の泊を利用する諸国や荘園から、
運ばれる米1石あたり1升の通行料を徴収
2)山陽道・南海道・西海道の1郡1荘から船1艘を課して出させ、和泉・摂津・播
磨・備前・備中・紀伊・伊勢・淡路・讃岐・阿波の計10か国の、海岸に漂着した 船の没収をさせた
3)山城・河内・摂津・播磨・淡路の5か国の、公田・荘園の竹木を伐採させる
4)摂津・播磨・淡路の民家から人夫の徴用
(*出典:大輪田泊 - Wikipedia)
これらも幕府に認めてもらい、大輪田の泊・並びに近隣の河尻泊・魚住泊の修築でき、東大寺・大仏の再建の足掛かりを固めました。
前回のブログ*1) の基となった事業でした。
重源さんの手腕の凄さが伝わってきます。
重源は勧進(寄付集め)や徴収の天才だったようです。
割り当てられた国の人々の大変さが偲ばれますが、そうした先人たちの努力もあり、神戸の大輪田の泊は再び日の目を見ることになりました。
そして東大寺の再建にも、おおいに力を貸すことになりました。
そんな事を思い描きながら、東大寺を参詣するとなんだか誇らしい気分に「神戸っ子」はなるかもしれませんね。(まちがいなく、私は誇らしくお参りすると思います ^_^)
鎌倉時代には国内一の港として
大輪田泊は「兵庫津」や「兵庫島」・「兵庫経島」と呼ばれるようになります。
大輪田の泊・様々です!
今は寂れて当時の面影はありませんが

ここに正に大輪田泊があった証拠が、創建当時(奈良時代)に工事で使われた石椋(いわくら)が出土し、それがモニュメントとして展示されています。


看板にも、大輪田泊の歴史が書かれていました。
地図を拡大してみると、江戸時代元禄の頃の海岸線などが分かり
鎌倉時代の海岸線は・・・と、想像して見るのも楽しいです。
そして、日宋貿易も盛んに行われることになりました。
これは、民間がメインとなって行われた貿易で、幕府も後押しをしていたようで南宋時代の終わりまで(平安時代中期~鎌倉時代中期の300年近く)続けられました。
その300年という間、昔の神戸の町は繁栄し続けていたことになります。
この大輪田泊で繰り広げられた鎌倉時代の日宋貿易で、取り扱われた品々は平安時代とほとんど変わらないのですが、大きく違ったのは 宋の禅僧 が数多く貿易船に乗って来日した事です。
それは、幕府の執権を務めた北条氏が臨済宗を保護したからです。
当然、鎌倉時代の武士たちも禅宗を信じることが多かったようです。
禅寺が神戸に多いのは、これが影響しているのかもですね
神戸市内のお寺チェックしてみました。

大輪田泊付近に、たくさんあるのは分かりますが、遠く離れた山奥?にも建てられているのは、布教活動が広がっていったのでしょう。
人々は、これまでの仏教で幸せが得られないことに失望し、新しい仏教へと望みを託したくなったようです。
法然の浄土宗・親鸞の浄土真宗・日蓮の日蓮宗・栄西の臨済宗・道元の曹洞宗など、新仏教が広がったのも、鎌倉時代の特徴といえます。
その要が神戸にある、大輪田泊とは光栄なことです!
その様子が、絵巻物として残っています。

(NHK 「英雄たちの選択」の画面より)
法然上人が 摂津経島 で布教する様子

日宋貿易で栄えたかつての神戸が基となり、今の神戸があるのですね。
*1)「ゼイ」と「カン」の玄関番 - もっと KOBE ずっと KOBE
いいね。やっぱり神戸が好き。
もっと KOBE ずっと KOBE
ではまた次回をお楽しみに ♥